「場所」は残ったし、権力者の愚かな決定は人々にひっくり返された。4月23日は最高の夜だった。この世界を取り巻くありとあらゆる決定、常日頃から自分を規制し、ともすれば被抑圧の自覚さえも起こらない決定決定決定決定。そんな馬鹿げた決定のひとつを下した(「この場所の取り壊しを決定しました」って言ってきた)やつらの目の前で、馬鹿げてる、おかしい、取り下げろ、って人々の声が飛び交うってことの圧倒的な当たり前さ!自分はというと、持ち前の引っ込み思案を活かして会場後方で9時間ずっと腕組みしてただけやけども、もう心の中では「そのとーり!」ってずっと絶叫してた。誰にも見えないところで決定は決定されて、それに異議申し立てする有効な手段なんて無いって思い込んでしまうような、あべこべの世界に暮らしてる自分にはこんなに当たり前のことが凄いことに思えてしまう。あの夜に立ち会ったことは自分の中に生き続けるやろうし、この世界のあべこべにちゃんと「いやや」って思えると思う。思い出せ。これがほんまやろ、このやり方がいいんやって昔っから分かってたやろ、思い出せ、って。
その時の実況まとめ。これをじっくり読むよりも、やっぱりあの場に居合わせた方がガツンと身体にくると思う。ひっくり返せる、を見るということ。
じゃあ、食堂でお祭り騒ぎをやろうってことになり、5月4日、5日、6日とライブとか演劇とか壁面のペイントとか、美味いご飯とか、お祭り騒ぎをやった。全部の原発が止まったっていう流れとも合流して、わいわいした良い3日間だった。
個人的にも、バンドの鍵盤奏者が参加できなくなってしまって急遽3人組で出演したり、PAのことをちょっと教えてもらって恐る恐る卓を触ったりと、ドタバタしつつも、ちゃんと成立してそこに立ち現われた「祭」に、やっぱりすげぇなぁ、と思ったりした。4月の終わり頃には、どうなることやら全然わからんかったのに。
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スタートメニューにブラインドで辿り着けるのでしょうか |
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