三連勤二日目。しかし書かねばなるまい。文章に充てるって決めたから。
昨日は26時にバイト終えて帰宅、朝から根詰めてビラ書いてからのバイト終わりなんで、すぐ寝たほうがええんちゃうかと思いつつ、ビラの裏面を半分くらい残してたのが気がかりで結局朝6時までかかって仕上げる。昼12時に起床、仕上がりを確認して悦に入ったり修正したりする。あぁまずい楽器触らな、と思ったところで、このイベントを思いついた友達から電話が掛かってきたので、いよいよ刷ることに。最初の会議が3月1日で、出演者や開演時間なんかが概ね確定したのもこの日やから、手作り催事の手書きビラにしちゃかなりのスピードやったと思う。
とはいえ、これ、通常のライブのビラ(日時等の告知が出来てたらオッケイて感じのもの)と違って、会場の場所性そものもがイベントの趣旨に深く関わっているから、ビラそれ自体で「場所」を表現しなくてはならない。長い長い歴史の中で大勢の人たちが関わって、かつ中心や頂点のない「場所」を。書いてて改めて思ったけど、やっぱりあの場所は言葉に似てる。というかあの場所に気付かされただけで、普段カンタンに認識して一言で語り捨てているあらゆる事物たちも、本来は語るのにいちいち困難を伴うような存在だったはず。
じゃあこれまでどうやって暮らしてきたん?て感じやけど、きっと自分は言葉の持つ過剰さ/もの足りなさが、「事物そのもの」を変容させてしまうってことに無頓着であるよう、違和感を麻痺させることで暮らしてきたんやと思う。もちろんそれはこの世界を生きるのに必要なやり方やとも思っている。「事物そのもの」と「言い表されたもの」の間に、天地ぐらいの乖離があれば、その違和感に反応するんやろう。いやむしろ反応したからこそ天地の差があると言える、のかもしれない。その差が縮むにつれ鈍感になるのか、あるいはコミュニケーションの効率だとかを優先して捨象するのか、とにかく「そんなもんかなぁ」などと思いながら(あるいはそんなことすら感じずに)喋り、書き、している。もうこの文章がまさにそれ。書きながら「いやいや違う違う」ってなるし、かと思えば「いや、ええこと言うてる。これが言いたかったんや」とか思ったりする。果たして、言葉は思ったことのアウトプットとして十全に機能してるんやろうか。でも、それでも人々は言葉(的なもの)でしか通じない(以心伝心にファックオフを)。こんなことをなんとなく心に留めてるか留めてないかでだいぶ違うと思う。
2012年3月7日水曜日
2012年3月5日月曜日
尻尾を掴む
曲の尻尾を掴む感じが訪れた。結構惨めなことを記すことになると自覚した上で、敢えてその感じを文字に起こしてみようと思う。
えー、土曜か。土曜日は金曜に済まなかった洗濯の続きをこなす必要があって、さらに昼から用事もあったから、家事の隙間に何となく弾き始めた確か。最初に気付いたのは、今ぽろぽろ爪弾いてる4小節の繰り返し気持ち良いな~と思ったあたりで、進行自体は全然新しくもない。繰り返し弾いているうちに何となくメロディも出てきて、鼻唄歌いながら弾いていた。その辺りで、先日の日記以降気にかけてた「尻尾を掴む」てことを思い出してたはず。
まぁ、舌の根も乾かぬうちなので、たいそう大事に思い込み、警察から戻ってきたばかりのアイホンにボイスメモとして記録、ノートにも尻尾らしきもの(曲の感じとか歌詞とか)を出来るだけ記した。で、洗濯物も干していよいよ用事に出掛けなくちゃならん、となったところで、何となくBメロらしきものの尻尾がかすめてったので、それも2重に(アイホンとノートに)メモして、遅刻。我ながら良い遅刻をしたなぁと思う。
万全の体制、すごい意気込み。最初はおっそいテンポでアルペジオの感じやったけど、土曜の夜バイト中に、シャッフルにしてテンポを倍にする案も思いついたりして、得意気になったりした。と、まぁここまでは生活の中で度々かすめる尻尾を掴んだだけ、きちんと記録しただけ、という事なんやと思う。先日の日記に記した、「日々の暮らしに熱を奪われるまでの短い時間にどこまで形作れるか」ってところが課題なはず。その点、土曜昼に外出して以来、土曜の夜は26時までバイト日曜は10時起床20時までバイト帰宅後は大至急のビラを書かねばならずそのまま寝落ち月曜は9時から17時までビラ作成にかかりっきりで18時からバイトほんで今20時32分。要するに熱いうちに妙案奇案こねくり回せてない。多分これはまずい。
そう、作りかけの曲が実を結ばず死産となるのは大抵こういう時だと何となく知っている。日々の余計なものどもに気を取られているうちに、やっぱそんなに良くないかな~とか、徐々に弱気になっていって、熱が冷めてしまって忘れ去られることとなる。また、現時点で最後に作った自作曲が2週間ほどで出来たことを考えると、今しかないがな、という気持になりバイト先で焦る。有線うっさいわ~
あと、初動(尻尾掴みたての熱くて短い時間のことです)で完全に仕上げてしまう必要はない、とも思う。前述の最新自作曲も、2週間で出来たとはいえ、綻びが目に付くので歌詞を変えたりキー変えたりBメロを加えたりした。いま演奏してるバージョンになったのは去年10月ごろ?やろうか。初動期間(最初の2週間)から2年近く経っている。要するに、初動期間中に勿体無くて後戻りできない(放置できない)ぐらいのところまで形作ってしまうのが肝心要なんじゃないかと思う。そこまでいけば、歪でもレパートリーに加えてしまえば、後は良い方向に向かってくれるはず。
えー、土曜か。土曜日は金曜に済まなかった洗濯の続きをこなす必要があって、さらに昼から用事もあったから、家事の隙間に何となく弾き始めた確か。最初に気付いたのは、今ぽろぽろ爪弾いてる4小節の繰り返し気持ち良いな~と思ったあたりで、進行自体は全然新しくもない。繰り返し弾いているうちに何となくメロディも出てきて、鼻唄歌いながら弾いていた。その辺りで、先日の日記以降気にかけてた「尻尾を掴む」てことを思い出してたはず。
まぁ、舌の根も乾かぬうちなので、たいそう大事に思い込み、警察から戻ってきたばかりのアイホンにボイスメモとして記録、ノートにも尻尾らしきもの(曲の感じとか歌詞とか)を出来るだけ記した。で、洗濯物も干していよいよ用事に出掛けなくちゃならん、となったところで、何となくBメロらしきものの尻尾がかすめてったので、それも2重に(アイホンとノートに)メモして、遅刻。我ながら良い遅刻をしたなぁと思う。
万全の体制、すごい意気込み。最初はおっそいテンポでアルペジオの感じやったけど、土曜の夜バイト中に、シャッフルにしてテンポを倍にする案も思いついたりして、得意気になったりした。と、まぁここまでは生活の中で度々かすめる尻尾を掴んだだけ、きちんと記録しただけ、という事なんやと思う。先日の日記に記した、「日々の暮らしに熱を奪われるまでの短い時間にどこまで形作れるか」ってところが課題なはず。その点、土曜昼に外出して以来、土曜の夜は26時までバイト日曜は10時起床20時までバイト帰宅後は大至急のビラを書かねばならずそのまま寝落ち月曜は9時から17時までビラ作成にかかりっきりで18時からバイトほんで今20時32分。要するに熱いうちに妙案奇案こねくり回せてない。多分これはまずい。
そう、作りかけの曲が実を結ばず死産となるのは大抵こういう時だと何となく知っている。日々の余計なものどもに気を取られているうちに、やっぱそんなに良くないかな~とか、徐々に弱気になっていって、熱が冷めてしまって忘れ去られることとなる。また、現時点で最後に作った自作曲が2週間ほどで出来たことを考えると、今しかないがな、という気持になりバイト先で焦る。有線うっさいわ~
あと、初動(尻尾掴みたての熱くて短い時間のことです)で完全に仕上げてしまう必要はない、とも思う。前述の最新自作曲も、2週間で出来たとはいえ、綻びが目に付くので歌詞を変えたりキー変えたりBメロを加えたりした。いま演奏してるバージョンになったのは去年10月ごろ?やろうか。初動期間(最初の2週間)から2年近く経っている。要するに、初動期間中に勿体無くて後戻りできない(放置できない)ぐらいのところまで形作ってしまうのが肝心要なんじゃないかと思う。そこまでいけば、歪でもレパートリーに加えてしまえば、後は良い方向に向かってくれるはず。
2012年3月2日金曜日
春なんです(純日記)
バイト中の暇な時間を文章に充てるという目的で始めたブログなので、ゆうべの夜勤終わり(2AM)から今日の夜勤(NOW)までの何てことない1日をも綴らねばなるまい。
朝8時に起床、雑務を済ませる日と何となく決める。先月20日頃にやったきりの洗濯物が溜まりまくっていること、灯油切らして寒いこと、コーヒー豆切らして生活に張りがなくなったこと、トイレットペーパーなくなってティッシュで拭かなあかんようになってること、口座がすっからかんで携帯代支払えてないこと(このままやと恐らく一両日中に回線止まること)、アイホン拾ってもらったきり警察に置きっぱなしなこと、などが思い浮かんだので、洗濯から順にこなす。
チャリの荷台に灯油缶積んで灯油コーヒー豆トイレットペーパーを一気に行く。灯油が20リットル1600円から1700円に、いつものコーヒー豆200gが500円から600円に値上げとなっていた。いつも豆を買ってる中立売のミリオンコーヒーは、去年の夏にバンド練習の行きしなに初めて寄ったとき、店主のおっちゃんの話し方が好きになり、家から全然近くもないのに毎度買っている。あと、漫画「コーヒーもう一杯」でも非常に美味しそうに描かれるドリップ最初の蒸らしですが、個人的にコーヒータイムの半分くらいはコーヒーを淹れる所作それ自体で満たされるので、蒸らしの時に豆が膨らんでくれるか否かは結構重要であり、その点おっちゃんの店の豆は200g飲み切るまでふくふく膨らんでくれるので最高。味もきっとうまいに決まってるわ。
買いもの済ませて帰って、ギターの弦きったないなぁ、と思いついて弦交換した。ずっと使ってるバーブリッジのSG、ブリッジ兼テールピースの部分が弦の振動で大概削れてしまって、1弦が明らかにビビっている。どうしよう。若干考えて台所用のクレンザーでしばらく磨いたけど何ひとつ変わらんかった。どうしよう。
夕方までの時間ヒマなので、人にもらった「太陽がいっぱい」のサントラを全く期待せずに聴く。普段全然聴くことのない曲調、それでいてきっと良いものに違いない音楽が部屋のスピーカーから流れてくる感じがすごく良かった。アルバムのどこが良かったという風な感想は持てんかったけど、こんな聴き方楽しいなぁ。
ほんで夕方バイト行きしなに電話代払って、警察署行ってアイホン受け取って、バイト入って、持参のカレー弁当食べて、あと2時間で今日のバイトが終わる。あ、家出るとき、アイビー吊るして陽に当ててるアパートの踊り場を見たら、うちの鉢植えの下に誰かの小さい鉢植えが新しく並べてあった。春だなァ。
朝8時に起床、雑務を済ませる日と何となく決める。先月20日頃にやったきりの洗濯物が溜まりまくっていること、灯油切らして寒いこと、コーヒー豆切らして生活に張りがなくなったこと、トイレットペーパーなくなってティッシュで拭かなあかんようになってること、口座がすっからかんで携帯代支払えてないこと(このままやと恐らく一両日中に回線止まること)、アイホン拾ってもらったきり警察に置きっぱなしなこと、などが思い浮かんだので、洗濯から順にこなす。
チャリの荷台に灯油缶積んで灯油コーヒー豆トイレットペーパーを一気に行く。灯油が20リットル1600円から1700円に、いつものコーヒー豆200gが500円から600円に値上げとなっていた。いつも豆を買ってる中立売のミリオンコーヒーは、去年の夏にバンド練習の行きしなに初めて寄ったとき、店主のおっちゃんの話し方が好きになり、家から全然近くもないのに毎度買っている。あと、漫画「コーヒーもう一杯」でも非常に美味しそうに描かれるドリップ最初の蒸らしですが、個人的にコーヒータイムの半分くらいはコーヒーを淹れる所作それ自体で満たされるので、蒸らしの時に豆が膨らんでくれるか否かは結構重要であり、その点おっちゃんの店の豆は200g飲み切るまでふくふく膨らんでくれるので最高。味もきっとうまいに決まってるわ。
買いもの済ませて帰って、ギターの弦きったないなぁ、と思いついて弦交換した。ずっと使ってるバーブリッジのSG、ブリッジ兼テールピースの部分が弦の振動で大概削れてしまって、1弦が明らかにビビっている。どうしよう。若干考えて台所用のクレンザーでしばらく磨いたけど何ひとつ変わらんかった。どうしよう。
夕方までの時間ヒマなので、人にもらった「太陽がいっぱい」のサントラを全く期待せずに聴く。普段全然聴くことのない曲調、それでいてきっと良いものに違いない音楽が部屋のスピーカーから流れてくる感じがすごく良かった。アルバムのどこが良かったという風な感想は持てんかったけど、こんな聴き方楽しいなぁ。
ほんで夕方バイト行きしなに電話代払って、警察署行ってアイホン受け取って、バイト入って、持参のカレー弁当食べて、あと2時間で今日のバイトが終わる。あ、家出るとき、アイビー吊るして陽に当ててるアパートの踊り場を見たら、うちの鉢植えの下に誰かの小さい鉢植えが新しく並べてあった。春だなァ。
2012年3月1日木曜日
サッチ・ア・ナイト
きのう、拾得で演奏した夜はとてもいい夜だった。
自分ひとりが寄与したなんてわけでもなく、自分以外の人から単に与えられただけでもなく、あの場所の全部がその夜を作っていたように思う。お客さんの入り自体は満員とは程遠い、火曜日って感じの集客だったけど、すごくステキなお客さんたちだと思った。もちろんこれだって単にその人の属人的な要素だけじゃなくて、それぞれの出演者の演奏や拾得の美味しい料理や雰囲気とか、色んなあれこれがお客さんたちを素敵にしてしまったんやと思う。自分たちがお客さんを呼べなかったことが本当に残念に思える夜。
特に最後、三番手のリー・ルードさんの演奏を客席で観ながら、自分たちが出演した夜がこういう結末を迎えられたということや、歌の持つ一番幸福な瞬間を見てるんちゃうか、とか思って、ほろっとくる瞬間が何度かあった(そういう意図の歌や演奏ではなかったかもしれないけど)。
リー・ルードさんの歌はきっとこれからも聴くことができる、おまけにゆうべは風邪まで引いてはった。歌や演奏自体は、もしかしたら今後どこかで聴くときの方がバッチリなのかもしれない。でも、何度目かのアンコールに応えたリー・ルードさんの「年に数回あるかないかの夜です」っていう言葉に象徴されるように、出演者の演奏や、お客さんの心意気、拾得っていう場所性なんかがリーさんの歌を媒介に交差した貴重な時間だったと思う。これがライブだよ、と思った。
あと、個人的に嬉しかったこと。
何度でも言いいたいが自分は曲作りが致命的に遅い。中学生時分からの代謝不全。
8年前、大学進学と同時に京都へ来て、キークスという軽音サークルの人たちと結成した、烏合の衆というバンドで京大軽音のイベントにお邪魔して、西部講堂のイベントに出演、3曲だけ演奏させてもらったことがあった。その時の1曲はゆうべも演奏した42号線の原型となった曲で、Bメロが加わったことを除いて、最初期とおんなじイメージで相変わらず演奏し続けている(キリッ)。
そんな42号線という曲、今やっているバンドのひとつ前のバンドでも当然の如く演奏していたんやけど、西部講堂から5年近く経った3年前、西院ウーララでの演奏時、共演者に西部講堂での演奏を覚えている人がいた。「あの時西部でこの曲やってへんかった?覚えてるで~」って。ほんまにびっくりして嬉しくてたまらんかったです。
ほんでそこからさらに3年の月日が流れた2012年2月28日、ゆうべの拾得のお客さんの中にその人が居た。3度目の邂逅。終演後、同じ調子で声を掛けてもらい、色んな感想を聞かせてくれた。3年前と同じように驚いて喜んで、同時に京都すごいなぁ、とか思ったりした。その人は8年前も自身のバンドで西部に出演した際に自分たちを見てくれていて、3年前も偶然に共演、ゆうべはリー・ルードさんのお客さん(且つ、バンドのメンバー)として観に来てはったんやけど、こうしてちゃんと再会出来て言葉を交わせるなんて。なんて夜だことよ。
自分ひとりが寄与したなんてわけでもなく、自分以外の人から単に与えられただけでもなく、あの場所の全部がその夜を作っていたように思う。お客さんの入り自体は満員とは程遠い、火曜日って感じの集客だったけど、すごくステキなお客さんたちだと思った。もちろんこれだって単にその人の属人的な要素だけじゃなくて、それぞれの出演者の演奏や拾得の美味しい料理や雰囲気とか、色んなあれこれがお客さんたちを素敵にしてしまったんやと思う。自分たちがお客さんを呼べなかったことが本当に残念に思える夜。
特に最後、三番手のリー・ルードさんの演奏を客席で観ながら、自分たちが出演した夜がこういう結末を迎えられたということや、歌の持つ一番幸福な瞬間を見てるんちゃうか、とか思って、ほろっとくる瞬間が何度かあった(そういう意図の歌や演奏ではなかったかもしれないけど)。
リー・ルードさんの歌はきっとこれからも聴くことができる、おまけにゆうべは風邪まで引いてはった。歌や演奏自体は、もしかしたら今後どこかで聴くときの方がバッチリなのかもしれない。でも、何度目かのアンコールに応えたリー・ルードさんの「年に数回あるかないかの夜です」っていう言葉に象徴されるように、出演者の演奏や、お客さんの心意気、拾得っていう場所性なんかがリーさんの歌を媒介に交差した貴重な時間だったと思う。これがライブだよ、と思った。
あと、個人的に嬉しかったこと。
何度でも言いいたいが自分は曲作りが致命的に遅い。中学生時分からの代謝不全。
8年前、大学進学と同時に京都へ来て、キークスという軽音サークルの人たちと結成した、烏合の衆というバンドで京大軽音のイベントにお邪魔して、西部講堂のイベントに出演、3曲だけ演奏させてもらったことがあった。その時の1曲はゆうべも演奏した42号線の原型となった曲で、Bメロが加わったことを除いて、最初期とおんなじイメージで相変わらず演奏し続けている(キリッ)。
そんな42号線という曲、今やっているバンドのひとつ前のバンドでも当然の如く演奏していたんやけど、西部講堂から5年近く経った3年前、西院ウーララでの演奏時、共演者に西部講堂での演奏を覚えている人がいた。「あの時西部でこの曲やってへんかった?覚えてるで~」って。ほんまにびっくりして嬉しくてたまらんかったです。
ほんでそこからさらに3年の月日が流れた2012年2月28日、ゆうべの拾得のお客さんの中にその人が居た。3度目の邂逅。終演後、同じ調子で声を掛けてもらい、色んな感想を聞かせてくれた。3年前と同じように驚いて喜んで、同時に京都すごいなぁ、とか思ったりした。その人は8年前も自身のバンドで西部に出演した際に自分たちを見てくれていて、3年前も偶然に共演、ゆうべはリー・ルードさんのお客さん(且つ、バンドのメンバー)として観に来てはったんやけど、こうしてちゃんと再会出来て言葉を交わせるなんて。なんて夜だことよ。
2012年2月28日火曜日
彗星の尻尾
曲ができない。中3の頃からずっとこんな調子なのであまり気にしてなかった。でもやっぱり他の人の曲作りなんかを目にすると、自分は病的だ、代謝不全だと思う。こんなもんに健全も病気もないやろうけど、現に今のバンドで定期的に演奏を行うようになって以来、新曲ほし~い!と強く思ってて、ついに焦っている。
自分にとって曲とは、日本語の詞の付いた歌である、というぐらいの思いしかない。ここでロックとか言うとややこしくなる。ほんまにそれだけ。自分のわかる言葉で歌える歌が作りたいだけ。自分が知ってるたくさんの名曲、例えばコード進行に分解してみると実にシンプルなコード循環が支えているし、そこで歌われる歌詞も「そのとーり!」と頷けるような平易な言葉で書かれている。ギターを弾くようになってから聴く名曲は、誰にでも手が届きそうな材料と少しのアイデアで作られているように思えたし、今でもポップの本質はその辺に転がっているんじゃないかと思う。
じゃあなんで出来ないんやろ?いま歌ってる数少ない自作曲がどうやって出来たのかも全然思い出せない。まるで元々その形で存在したものを偶然自分が発見したみたいな感じがして不思議な気分になる。ただ、閃きだとか、尻尾を掴む、みたいな感覚は夜遅くにギターを弾いてる時とか、何気なく自転車に乗っている時、しょっちゅう訪れる。明日は朝早いとか何とか言って、往々にして蔑ろにしてきたそんな瞬間は、何かを作る人にとってめちゃくちゃ重要な一瞬やったんやと思う。その一瞬の閃きが、日常生活のあれこれに熱を奪われてしまうまでのとても短い時間に、どこまで熱を持続させて形に出来るかってことじゃないか、と漠然と思う。夜中に書いた手紙(主にラブレター的なもの)を、白日下で改めて読み返し、恥ずかしさに悶絶するみたいな話があるけど、曲作りもそんな感じで、たいてい熱に浮かされて書いた詞だとかには翌朝自分で愕然とする。作ったものをポップとして成立させる為に他者の承認(あるいは自分に恥ずかしさをもたらす類の客観的な視点)は不可欠だとは思うけど、ほんの数時間前、ゆうべの夜中確かにあった一掴みの真実(らしいもの)は、きっと間違いそのものではない。なぜならそれはこれまでの自分の、ありとあらゆる蓄積から紡がれたものであり、その蓄積は自分以外の他者から受け取ってきたものだからで、自分の価値規範を否定したいのでもない限り、肯定されるものだと思う。いま自分にできる事は、引き続きの蓄積、閃きのありそうな状況に身を置くこと、恥ずかしい閃きを蔑ろにしないこと、って感じなんやろか。明日は拾得でライブ。閃きがありますよーに。
自分にとって曲とは、日本語の詞の付いた歌である、というぐらいの思いしかない。ここでロックとか言うとややこしくなる。ほんまにそれだけ。自分のわかる言葉で歌える歌が作りたいだけ。自分が知ってるたくさんの名曲、例えばコード進行に分解してみると実にシンプルなコード循環が支えているし、そこで歌われる歌詞も「そのとーり!」と頷けるような平易な言葉で書かれている。ギターを弾くようになってから聴く名曲は、誰にでも手が届きそうな材料と少しのアイデアで作られているように思えたし、今でもポップの本質はその辺に転がっているんじゃないかと思う。
じゃあなんで出来ないんやろ?いま歌ってる数少ない自作曲がどうやって出来たのかも全然思い出せない。まるで元々その形で存在したものを偶然自分が発見したみたいな感じがして不思議な気分になる。ただ、閃きだとか、尻尾を掴む、みたいな感覚は夜遅くにギターを弾いてる時とか、何気なく自転車に乗っている時、しょっちゅう訪れる。明日は朝早いとか何とか言って、往々にして蔑ろにしてきたそんな瞬間は、何かを作る人にとってめちゃくちゃ重要な一瞬やったんやと思う。その一瞬の閃きが、日常生活のあれこれに熱を奪われてしまうまでのとても短い時間に、どこまで熱を持続させて形に出来るかってことじゃないか、と漠然と思う。夜中に書いた手紙(主にラブレター的なもの)を、白日下で改めて読み返し、恥ずかしさに悶絶するみたいな話があるけど、曲作りもそんな感じで、たいてい熱に浮かされて書いた詞だとかには翌朝自分で愕然とする。作ったものをポップとして成立させる為に他者の承認(あるいは自分に恥ずかしさをもたらす類の客観的な視点)は不可欠だとは思うけど、ほんの数時間前、ゆうべの夜中確かにあった一掴みの真実(らしいもの)は、きっと間違いそのものではない。なぜならそれはこれまでの自分の、ありとあらゆる蓄積から紡がれたものであり、その蓄積は自分以外の他者から受け取ってきたものだからで、自分の価値規範を否定したいのでもない限り、肯定されるものだと思う。いま自分にできる事は、引き続きの蓄積、閃きのありそうな状況に身を置くこと、恥ずかしい閃きを蔑ろにしないこと、って感じなんやろか。明日は拾得でライブ。閃きがありますよーに。
2012年2月24日金曜日
思うことと言うこと
今日の昼間は練習時間殆ど使ってバンド会議を。
いままで全員に共有されてなかったこととか、おざなりにしてきた色々なことが蓄積してバンドが危機的状況になってた。3日前の自分はそんなことも知らんと演奏してたんやな。
バンド最大の目的は音楽にあるはず。でも実際に始めると、音楽を鳴らすためにやらなきゃならん事がたくさん出てくる。スタジオとか練習場所のコマ取り、メンバー全員の予定合わせだとか、ライブハウスにデモテープを持っていくだとか、ライブにお客さんを呼ばなきゃならんだとか、こんなん以外にも多分いっぱいある。それらは行動に移して初めて、具体的な面倒臭さや大変さを伴ってわかるようになる。
で、ずっとメンバーの一人がそんなあれやこれやをやってくれてて、それは彼自身の意思でやってるって言ってた。面倒臭さを伴う作業を彼に背負わしてることに対して、自分は気にもとめず、「うーっす、了解ー」みたいな感じで返事してた。そこまでは別に彼の中で大した問題ではなかったみたい。ただ、彼は彼なりのバンド観に基づくモチベーションから気分を奮い立たせて、ライブハウスとのやりとりとか一連の実務をこなしていて、そういう機微に無頓着な自分は無意識に彼の力を削ぐような発言をしてしまくってたらしい。それは単に面倒な実務がイヤんなるってことだけじゃなくて、何かをやるぞって気分でいたい時に、水を差すような発言ばっかりしてる奴が嫌、萎える。それでもうバンドやっててもしょうもない、って。
「思うこと」と「言うこと」には、0と1くらいの、(1の差じゃなく)無か有か、という圧倒的な違いがある。「言う」って一体どういうことか?人が他者に何かを「言う」ってとき、当人の意識するしないにかかわらず、その言葉がもたらす影響や変動を欲しているんやと思う。たぶん。でなきゃ「思う」ことを「言う」必要がどこにある?
自分は思ったことを言ってるだけや、って態度でいたけど、それを聞く他者が存在した以上(そしてその他者に向けてこそ発言していた以上)、きっと上に書いたような、言葉が持つ力を本当は知りながらに知らないふりして、無邪気に自分に気持ちのいい答えを相手に求めていたんやな、と思った。
だからもう何も言わない
ではなく、言うべきことを言う。
いままで全員に共有されてなかったこととか、おざなりにしてきた色々なことが蓄積してバンドが危機的状況になってた。3日前の自分はそんなことも知らんと演奏してたんやな。
バンド最大の目的は音楽にあるはず。でも実際に始めると、音楽を鳴らすためにやらなきゃならん事がたくさん出てくる。スタジオとか練習場所のコマ取り、メンバー全員の予定合わせだとか、ライブハウスにデモテープを持っていくだとか、ライブにお客さんを呼ばなきゃならんだとか、こんなん以外にも多分いっぱいある。それらは行動に移して初めて、具体的な面倒臭さや大変さを伴ってわかるようになる。
で、ずっとメンバーの一人がそんなあれやこれやをやってくれてて、それは彼自身の意思でやってるって言ってた。面倒臭さを伴う作業を彼に背負わしてることに対して、自分は気にもとめず、「うーっす、了解ー」みたいな感じで返事してた。そこまでは別に彼の中で大した問題ではなかったみたい。ただ、彼は彼なりのバンド観に基づくモチベーションから気分を奮い立たせて、ライブハウスとのやりとりとか一連の実務をこなしていて、そういう機微に無頓着な自分は無意識に彼の力を削ぐような発言をしてしまくってたらしい。それは単に面倒な実務がイヤんなるってことだけじゃなくて、何かをやるぞって気分でいたい時に、水を差すような発言ばっかりしてる奴が嫌、萎える。それでもうバンドやっててもしょうもない、って。
「思うこと」と「言うこと」には、0と1くらいの、(1の差じゃなく)無か有か、という圧倒的な違いがある。「言う」って一体どういうことか?人が他者に何かを「言う」ってとき、当人の意識するしないにかかわらず、その言葉がもたらす影響や変動を欲しているんやと思う。たぶん。でなきゃ「思う」ことを「言う」必要がどこにある?
自分は思ったことを言ってるだけや、って態度でいたけど、それを聞く他者が存在した以上(そしてその他者に向けてこそ発言していた以上)、きっと上に書いたような、言葉が持つ力を本当は知りながらに知らないふりして、無邪気に自分に気持ちのいい答えを相手に求めていたんやな、と思った。
だからもう何も言わない
ではなく、言うべきことを言う。
2012年2月22日水曜日
ゆうべの演奏
ゆうべは十三ファンダンゴ、このバンドで初めての大阪での、他府県での演奏。
10年以上前、中3の終わり頃にニートビーツを観に行って以来のファンダンゴ。「黒いジャンパー」のシングル盤を出したばかりのニートビーツは満員のファンダンゴをめっちゃくちゃに盛り上げてた。それ以来のファンダンゴ、とはいえ自分にとって音楽原体験の一部になったその日のロックンロールの淡~い記憶の場所だったり、誰かのツアー日程なんかでしょっちゅう目にする会場てこともあり、結構な気合と緊張の中で演奏した。
ひとつ前の日記にも繋がるけど、ライブに明確な目的など無かろうとも、色んな場所や状況で演奏することで見えるものがあるんやろうなと思える夜だった。阪急電車に揺られて会場に向かうことや、ごちゃごちゃした十三の町で出番までの時間を過ごすこと、未経験の音(リハーサルしたけどステージ上の音が最後までよく判らなかった。外音はどうなってたんやろ?)を経験することとか、練習とは異なる環境のすべてに演奏者は何らかの影響を受ける。そしてそれはライブっていうものの一つの真実で、そんな諸要因を許容したり排除したりしながら、これだけは削がれずに出したい、というものが出せたのか出せんかったのか。まだゆうべの録音を聴いてないけど、結構良い演奏が出来たと思う。演奏ミスの有無とかではなく。
で、それは誰に届くのかと。
月曜夜のブッキングってこともあって、客席には数名のお客さんがいるだけだった。最後のバンドが演奏してる時で10~15人くらい?やろか。演奏後の奏者とお客さんが親しげに語らう様子からも、恐らくはメールなんかで直接に誘われて来た人が殆どやったと思う。われわれを観に来てくれたのは4人のお客さん。その4人も漏れなく各メンバーからのお誘いに応じてくれた人たちです。ほんまにありがとう!と思う。いくつかの具体的な(かつ好意的な)感想も得られて、すごく嬉しかった。
ただ、自分たちのことを全く知らないお客さんの目に自分たちの演奏がどんな風に映ったのかは分からない。そもそも友達や恋人、家族の演奏を観に来た人たちの最大の関心事は該当するバンドの演奏(あるいは演奏者そのもの)だろうし、偶然ブッキングに居合わせた対バン、音楽的志向/嗜好の異なる共演者の演奏を聴くだけの心づもりってあるんでしょうか、ねぇ。ほんとに分からない。そら「名前だけでも覚えて帰って下さい」って言いたくもなる。
終了後、店長さんとの会話の中で、「個人の知り合い呼び続けるのも限界あるんちゃいます?」の問いに「それでも呼ぶべき。そん時に良かったらまた来てくれる」ていう感じのやりとりがあって、色んなバンドを観続けてる店長が言うもんやから、やっぱりそういうものなんかな~、と妙に腑に落ちてしまった。実際、昨日初めて観に来てくれた人が、来月の磔磔も観に行くと言ってくれて、うわ、うわうわ!と思っている。ただ、自分みたいに友達がおらんことで音楽に没入した人、めっちゃおると思うんやけど、みんなどうしてるんやろ。もう呼べる人いない。
10年以上前、中3の終わり頃にニートビーツを観に行って以来のファンダンゴ。「黒いジャンパー」のシングル盤を出したばかりのニートビーツは満員のファンダンゴをめっちゃくちゃに盛り上げてた。それ以来のファンダンゴ、とはいえ自分にとって音楽原体験の一部になったその日のロックンロールの淡~い記憶の場所だったり、誰かのツアー日程なんかでしょっちゅう目にする会場てこともあり、結構な気合と緊張の中で演奏した。
ひとつ前の日記にも繋がるけど、ライブに明確な目的など無かろうとも、色んな場所や状況で演奏することで見えるものがあるんやろうなと思える夜だった。阪急電車に揺られて会場に向かうことや、ごちゃごちゃした十三の町で出番までの時間を過ごすこと、未経験の音(リハーサルしたけどステージ上の音が最後までよく判らなかった。外音はどうなってたんやろ?)を経験することとか、練習とは異なる環境のすべてに演奏者は何らかの影響を受ける。そしてそれはライブっていうものの一つの真実で、そんな諸要因を許容したり排除したりしながら、これだけは削がれずに出したい、というものが出せたのか出せんかったのか。まだゆうべの録音を聴いてないけど、結構良い演奏が出来たと思う。演奏ミスの有無とかではなく。
で、それは誰に届くのかと。
月曜夜のブッキングってこともあって、客席には数名のお客さんがいるだけだった。最後のバンドが演奏してる時で10~15人くらい?やろか。演奏後の奏者とお客さんが親しげに語らう様子からも、恐らくはメールなんかで直接に誘われて来た人が殆どやったと思う。われわれを観に来てくれたのは4人のお客さん。その4人も漏れなく各メンバーからのお誘いに応じてくれた人たちです。ほんまにありがとう!と思う。いくつかの具体的な(かつ好意的な)感想も得られて、すごく嬉しかった。
ただ、自分たちのことを全く知らないお客さんの目に自分たちの演奏がどんな風に映ったのかは分からない。そもそも友達や恋人、家族の演奏を観に来た人たちの最大の関心事は該当するバンドの演奏(あるいは演奏者そのもの)だろうし、偶然ブッキングに居合わせた対バン、音楽的志向/嗜好の異なる共演者の演奏を聴くだけの心づもりってあるんでしょうか、ねぇ。ほんとに分からない。そら「名前だけでも覚えて帰って下さい」って言いたくもなる。
終了後、店長さんとの会話の中で、「個人の知り合い呼び続けるのも限界あるんちゃいます?」の問いに「それでも呼ぶべき。そん時に良かったらまた来てくれる」ていう感じのやりとりがあって、色んなバンドを観続けてる店長が言うもんやから、やっぱりそういうものなんかな~、と妙に腑に落ちてしまった。実際、昨日初めて観に来てくれた人が、来月の磔磔も観に行くと言ってくれて、うわ、うわうわ!と思っている。ただ、自分みたいに友達がおらんことで音楽に没入した人、めっちゃおると思うんやけど、みんなどうしてるんやろ。もう呼べる人いない。
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